パチンコがやめられない人が悪いのか?元依存症が伝える「依存」は特別なことではない

パチンコがやめられなくて困っているとき、多くの人は「自分はなんて意志が弱いんだ」「クズ人間だ」と自分を激しく責めてしまいます。

でも、元当事者の私から伝えたいのは

「そんなに自分を責めすぎないでほしい」ということです。

なぜなら、この世界において「依存」は決して特別なことでも、悪いことでもないからです。今回は、あなたが自分を許し、少しでも心を軽くするための「世の中の依存」についてお話しします。

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依存は「生活の一部」である

そもそも「依存」という言葉にはネガティブなイメージがありますが、実は私たちは皆、何かに依存して生きています。

家族、恋人、親友……といった人間関係はもちろん、甘いお菓子、毎朝のコーヒー、スマホ、ゲーム、仕事、SNS

これらはすべて、広い意味での「依存」です。私たちは何かに支えられ、私たちは何かに寄りかかることで、日々のストレスを逃がし、心のバランスを保っています。

パチンコへの依存も、実はこれらと本質は同じです。「心の穴を埋めるための手段」が、たまたまパチンコだった。
ただ一つ大きな違いは、「生活に支障が出るほどのリスク(金銭・時間・人間関係)を伴いやすい」という点だけなのです。

世の中は「依存」で溢れている

さらに言えば、世の中のビジネスやサービスの多くは、私たちに「依存してもらうこと」で成り立っています。

例えば「車」を考えてみましょう。
一度その便利さに慣れてしまったら、もう手放すのは難しいですよね。昔の人は車なしで生活していましたが、今や「車がないと生活できない」という依存状態にある人は多いはずです。

ちょっとそこまで歩くときに、「めんどくさいな」「車で行きたいな」と思うのは、あなたの根性が足りないからではなく、脳が「より楽で快適な手段」を覚えてしまったからです。

あらゆる企業は、私たちに「これがないと困る」「これが一番楽しい」と思わせる(=依存させる)ことで利益を得ています。パチンコやスロットという遊技機は、その中でも「脳を依存させるプロ」が作り上げた、いわば依存ビジネスの究極形の一つに過ぎません。

「趣味」と「依存症」を分ける境界線

「でも、パチンコはお金を失うからダメなんだ」と思うかもしれません。
たしかに、パチンコは他の依存に比べて生活への支障が出やすいという側面があります。

でも、考えてみてください。
たとえば、パチンコで年間100万円負けていたとしても、本人がそれを心から楽しんでいて、生活に全く困っていないのなら、世間はそれを「趣味」と呼びます。海外旅行や車の改造に100万円使うのと、本質的な差はないからです。

依存症と趣味の違いは、本人の「意志」ではなく、「結果として生活に問題が起きているかどうか」という点だけ。その境界線は実はとても曖昧なものなのです。

なぜ「やめたいのに、やめられない」のか

ただ、やめたいのにやめられない状態になると、少し苦しくなりますよね。
それはあなたの脳が「パチンコを打つことは、生きるために必要だ」と勘違いしてしまっている状態(生存本能のバグ)だからです。

この状態になると、理性よりも強い「本能」が打てと命令してきます。
喉が渇いたときに水を飲みたくなるのを止められないのと同じで、本能の命令に逆らうのは、気合や根性だけでどうにかなるレベルではないのです。

自分を責めるのをやめることが、第一歩

もしあなたが「やめる努力をしたけれどダメだった」と悩んでいるなら、どうか覚えておいてください。

「依存は悪ではなく、生きるための不器用な手段だった」ということです。

自分を責めすぎると、そのストレスで心はさらに疲れ、その苦しみから逃げるために、また脳がパチンコを求めてしまうという悪循環に陥ります。

「自分はダメだ」と責めるのをやめ、「今の自分は、社会の仕組みや脳のバグに少しハマっているだけなんだ」と認めてあげること。
自分を許してあげることが、実は「やめるための第一歩」になります。

もしよかったら、なぜあなたの「我慢」がうまくいかなかったのか、その仕組みを一緒に探ってみませんか?

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